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2019.2.21

富士吉田滞在記|連載「いとを編む」#002 中川宏文

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富士吉田と東京の二拠点で建築設計。

“人の営みを、富士吉田のみんなでつくる

 


「いとを編む」#002  中川宏文 

富士吉田市 地域おこし協力隊 / 建築家(O.F.D.A.associates|設計スタッフ)


 

いとを編み、織りを重ね、ひとつの彩りをうかべてゆく。

 

はじまりは、一本のいと、一人の想い。

 

人はみな、日々の営みの中で、

 

かつてどこかで感じた空気や、叶えたい夢を紡いでは、

 

伝えたいきもちを編んでいる。

 

気づけば、いつか、

 

つよくて、しなやかな一枚の色彩を織りなしていたりもする。

 

想像すらしなかった風景が待っていたりもする。

 

気づけば、ぜんぶ、

 

一本のいとでつながっていたと知る。

 

富士山麓、山梨県富士吉田市。

 

美しい水が育む「はたおり」の地として栄えたこの街で、

 

いとを編む人たちの記録。

 


“富士吉田と学生の関わりを築いていく ”


 

“新しい仕事や表現に挑戦できる富士吉田にしよう”。
 
連載の第一弾で紹介した〈滝口建築〉の滝口伸一さんの言葉。

まさにそんな地域の在り方を目指して、
建築設計のアプローチから挑戦をしている人がいる。
それが、富士吉田市地域おこし協力隊であり、
建築家の中川宏文さんだ。

 
 
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長崎県出身の中川さんが、富士吉田と関わるようになったのは、2015年のこと。
 
〈ふじよしだ定住促進センター(当時「富士吉田みんなの貯金箱財団」)〉が企画した、
「地域デザインコンペティション|物件改装部門」において、
応募総数307件の中から、最優秀賞に選出されたことに始まる。

 

東京理科大学の大学院に在籍していた中川さんは、
学生チームや富士吉田の工務店と連携を図る立場として、プロジェクトを進行させた。
 
 
「僕たちが提案したのは、旧製氷工場コンバージョンだけで、
富士吉田との関わりを終わらせないということでした。
大学に在籍する僕たちならできることを考え、
一般の設計事務所も参加しているプロポーザルにおいて、
普通の設計事務所にはできない『設計以後の関わり方』も
大切な要素としてプレゼンテーションしました。

 

このコンバージョンプロジェクトを通して、
学生とまちの接点を生み出し、それを継続できればと思っていたんです」

 
▲旧富士製氷工場は、1Fを保育所、2Fはコミュニティキッチンに、3Fが事務所としてコンバージョンされた。

その結果、2015年からスタートした施工は、

建築設計を志す大学生が、現場施工に携わる機会も生まれた。
 
「建築学科で設計を学んでいる僕たちは、
課題の中で建築設計するトレーニングはかなり行いますが、
実際には、建築される建物の設計から施工まで関われる機会が少ないのも、たしかで。

こうしたプロジェクトを通して、

大学生は学びの機会を、富士吉田は若者との接点を、

それぞれ築くことができたのかなと思います」
 
そして、富士吉田での建築設計に携わったことで、

中川さん自身も、2016年に大学院修了を経て、
坂牛卓教授が経営する設計事務所〈O.F.D.A. associates〉に就職すると同時に、
「地域おこし協力隊」として、東京と富士吉田の二拠点居住を
スタートさせることになった。

 

さらにその後も、大学院のゼミ生と富士吉田の建築設計プロジェクトを進め、
設計だけに終始しない「人の縁」を、このまちに結んだ。

 


“ 富士吉田と東京に暮らすなかで ”


 
2015年から今に至る、約4年間にわたり、東京と富士吉田に拠点をもちながら、

数々の建築設計を進めてきた中川さん。

東京だけでなく、富士吉田にも拠点をもったことで得られたことがあると言う。
 
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「富士吉田では、時間をかけて職人さんとの関係を築いてきたからこそ、
得られたことが大きくて。

図面を書くことだけに終始せず、実際に現場でどうつくられるのか、

ちゃんと自分の目の届く範囲で建築と向き合うことができています。
たまに自分でつくっちゃうこともあったり……。

 

設計の中で自分が意図していることと、
大工さんや職人さんの現場での経験や感覚を

お互いに理解し合い、そのまたさらに上を提案し合う、
その積み重ねで建築をつくれているというか。

設計の根っこにある意図やイメージまで汲みとれる関係ができていったんです」

 

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「一方で、東京の場合は、富士吉田での取り組みのように、
毎回同じ大工さんや職人さんと組んで建築をつくる機会はそう多くないです。
 
富士吉田のプロジェクトでは、それぞれの役割の人たちが、
それぞれに託している感じがあるので、
自分の役割を実感しながら、お互いへの信頼を基盤に建築に打ち込めていて。
 
富士吉田は、社会に出て、建築設計をスタートする上で、
本当にありがたい機会をたくさん与えてくれましたね」

 
東京で仕事をしていて、分からないことがあった時、
富士吉田の職人さんに電話で相談することもあるそう。

 
また逆も然りで、富士吉田の仕事で、東京の技術を取り入れることもある。
 
双方のネットワークを培いながら、

両方の土地に、建築設計の新しい生業を落とし込めるようになったのは、

中川さんの役割が自転していたからこそと言える。

 


“ 建築が生む営みまで、みんなで考える ”


 
中川さん自身、このまちで自分の仕事をつくってきた。

さらに今後は、人の営みを培う土壌として、

ハコづくりに終始させない「仕事が生まれる建築」を考えている。
 
その上で、欠かせないのは、富士吉田の人たちの力だ。
 
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「持続可能なまちづくりに取り組む上で、建築設計の力だけでは、その実現は難しくて。
 
建築をつくるプロセスから完成した後まで、
設計とそのプロセスの両方のバランスがどうしても必要ですから。

 
それが、いろいろな活動を通して、
地域の声を拾い上げて、形にしている同世代の人たちがいることで、
今の富士吉田では、バランスのとれたいい状態が築けていると思っています。

 
彼らがいるから、僕も建築のアプローチをもって、
このまちにどんな人の関わりをつないでいけるか、
ということをいっしょに考えられています。
それは、やっぱり愉しいですね」

 

建築を創造する設計。設計を形にする職人。その場所へ人を招き入れる同世代の仲間。

一貫した関係を築けているのは、
中川さん自身が、建築設計に終始せず、
富士吉田に生まれる人の交わりを想像していたからかもしれない。

 
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1989年長崎県生まれ。東京理科大学大学院・工学研究科在籍中に、富士吉田市で開かれた「地域デザインコンペティション|物件改装部門」において、応募総数307件の中から最優秀賞に選出。建築設計に終始せず、設計監理を行いながら、大学生とまちの関わりを築いた。2016年に大学院修了を経て、坂牛卓教授が主宰する設計事務所〈O.F.D.A.〉に就職。同時に「地域おこし協力隊」として富士吉田に暮らし、東京と二拠点居住をスタート。

TEXT , EDIT and PHOTO |Takashi Kobayashi(general.PR)